矢野顕子を相対化するのは難しい。言い換えれば、受け入れるか拒否するか、二つに一つということになるだろうか。ところが、この日のライブではその相対化の方法がコロンブスの卵的に示された。つまり、矢野顕子を相対化するには「矢野顕子」を差し向ければいいのである。
恒例のさとがえるコンサート。今回のゲストは、自他ともに認める矢野大ファンであると同時に、彼女の物マネの名人でもある清水ミチコだ。この日のMCでも、清水が面白おかしく話していたけれど、大方の予想としては”お笑いと芸術の顔合わせ”的なものになるのだろうと思われていたはずだし、実際のところ、例年以上に楽しい笑いが客席に溢れていたのは事実だ。が、清水のパフォーマンスは、じつに達者なピアノ演奏も含め、完全にものマネの閾を超えていて、彼女いわく「40年以上も」かけて練り上げられた「矢野顕子」によって、実際の矢野顕子は批評的に相対化され、だからこそその音楽の魅力がいっそう際立つことになった。そして、それは奇しくも、忌野清志郎とその楽曲について語ったことがそのまま矢野と彼女の音楽にも当てはまることも確認された。さらに言えば、そういうメインディッシュが用意されていたからこそ、冷徹な抽象画のような「ばらの花」の演奏も生まれたのだろうと思われた。
1.クリームシチュー
2.こんなところにいてはいけない
3.電話線
4.ばらの花
5.誇り高く生きよう
6.ごはんができたよ
7.丘を越えてw/清水ミチコ
8.変わるしw/清水ミチコ
9.風のブランコw/清水ミチコ
10.卒業写真w/清水ミチコ
11.嵐が丘〜きみの友だちw/清水ミチコ
12.恋のフーガ&老人と子供のポルカw/清水ミチコ
13.相合い傘〜いもむしごろごろw/清水ミチコ
[ENCORE]
14.ラーメン食べたい
15.ひとつだけw/清水ミチコ