Vol.33 リチャード・マークス「ライト・ヒア・ウェイティング」 2011.3.5

 世の中に名バラードと呼ばれる曲は数々あれど、♪君がどこへ行こうと、何をしようと、僕は君を待ってここにいるよ。何を失っても、どんなに心が痛んでも、ここで君を待っているよ♪という印象的な歌詞を持つ「ライト・ヒア・ウェイティング」はトップ・クラスの名品と言えるだろう。1989年8月にビルボードのチャート・トップに立ったこの曲は、リチャード・マークスの2ndアルバム『リピート・オフェンダー』に収録されている。

 80年代が生んだ天才と言われるリチャードも、デビューをつかむまではかなり苦労している。5歳の時から父親の仕事の関係でピーナッツ・バターやキャンディ、クルマ、ケーキに至るまで様々なTVコマーシャルの歌を歌っていて、長じてからはセッション・ボーカリストとしての実績を積みながらもなかなかソロ・デビューに恵まれなかった。86年にようやくEMIマンハッタンと契約。デビュー・アルバムをリリースするやいきなりメジャーな存在になり、89年当時は“業界で最も忙しい男”とまで言われるようになっている。この曲はリチャードにとって3曲目のNo.1ということになるわけだが、その誕生の裏には89年1月8日に結婚した夫人、アニモーションのメンバーでもあるシンシア・ローズの存在と、留守番電話がある。

 

 もともとリチャードは小さなラジカセを持ち歩いていて、思いついた時にメロディーを口ずさんで録音するそうだが、時にはラジカセを持っていないこともある。そんな時はどうするのか?

「例えばレストランにいる時なんかに突然メロディーがひらめくことがあるんだよ。そのときはトイレに行って電話して、自分の留守番電話にメロディーを吹き込むんだ。トイレに人がいる時は、演技が必要だね。相手のいない電話に向かって“ああ、じゃあ、待ってるよ”とか行って、待ってるフリをしながら鼻歌を歌うんだ。そうすれば、周囲の人も変なヤツだとは思わないだろ」

 帰宅してから、自分が吹き込んだ留守電メッセージを聴きながら楽譜にしているリチャードを想像すると、ちょっとおかしい。

 

 また、よく知られた話だが、この曲は妻シンシア・ローズに捧げたラブ・ソングだ。リチャードは仕事のオン/オフをしっかりと考えるタイプで、オフの時は徹底的に遊んだそうで、シンシアも忙しかったから、なかなか会えない。そんな時に思いついたのが、歌のメッセージだったというわけ。それにしては歌詞の内容が逆のような気もするが、リチャードによれば、彼よりもシンシアのほうがロケなどで長期にわたって家を空けることが多いそうで、だからリチャードが自宅で曲を書いたりしながら彼女を待つことも多いとか。まあ、いずれにしても微笑ましい光景ではある。

 

 そのシンシア、「ステイン・アライブ」や「ダーティ・ダンシング」に出演した女優としても知られているが、88年にはかなりクサッていたと言う。

「私のところにくる台本は“リターン・オブ・ザ・バンパイア”とか“フランケンシュタインの甥”とか、ろくでもないものばっかり。だからシンガーになりたいと真剣に思ったわ」

 その願いは通じて、アニモーションに加入することになり、売れっ子で夫でもあるリチャードのプロデュースを得て「ルーム・トゥ・ムーブ」がTOP10ヒットを記録。おかげで、結果的には2人の“会えない度”は増してしまったかも? そんなこともあって、リチャードの「ライト・ヒア・ウェイティング」には特別な思いが込められている。だから、長い間、究極のラブ・ソングとして親しまれているのだろう。

 

 ちなみに、この曲と同じアルバムに収められている「アンジェリア」という曲もヒットしたが、この曲にも♪アンジェリア、君を振り向かせなくっちゃ♪という印象的なフレーズがある。このアンジェリア、実在のキャビン・アテンダントの名前なんだけれども、これに対してシンシアがやきもちを妬いたという、かわいいエピソードも残っている。