Vol.26 フィル・コリンズ「アナザー・デイ・イン・パラダイス」 2011.1.15

1989年12月にリリースされたフィル・コリンズの約5年ぶりのニュー・アルバム『バット・シリアスリー』は、その年から翌年にかけて例年になく寒い冬を迎えていたアメリカで、社会問題にまでなった。このアルバムからの第一弾シングルとしてカットされた「アナザー・デイ・イン・パラダイス」が、オンエアされるたびに人々の胸を打ったからだ。

 

 

この曲は、フィル自身が世界中のあちこちに急増するホームレスの姿を見て曲にしたもので、ホームレスに対して有効な手段を打てないでいる政府をも含めた“家がある人”がホームレスのことを考えるきっかけにもなった。♪とまどいが心の中の駆けめぐる/パラダイスでは君にも僕にも別の世界が存在する♪と歌うこの曲は、発売後1ヶ月でRIAA公認のゴールド・ディスク・シングルとなり、全米チャートのNo.1に輝いた。数年前から問題になっていたホームレスは、この年大寒波による凍死者が続出したため一気に社会問題となり、ホームレスを救済するボランティア団体“ホームレス・フォー・ザ・ホリデーズ”が設立されて仮眠所の設置や炊き出しも行われ、フィル・コリンズ自身もいろいろなチェリティに参加し、この問題の理解を広めるのにひと役買った。

 

そんななか、フィルにはとんでもない事件が持ち上がった。彼がスコットランドのモル島に所有していた不動産を処分しようとしたところ、管理を任されていた会社がその土地に入り込んでいるホームレスを一斉に追い出しにかかったのだ。森林に囲まれた自然あふれる2000エイカーの土地はホームレスにとって絶好の居場所だっただけに、スコットランドのボランティア団体はフィルに対して売却の撤回を求めたりしていた。もともと、フィルにとっては税金対策で購入した土地であり、売っても売らなくてもいいような土地だっただけに売却をストップしたかったらしいが、すでに買い手も決まっていたため、取引は進んでしまったということらしい。

 

もっとも、こんな騒ぎをヨソに「アナザー・デイ・イン・パラダイス」は世界中の様々な人の“思い”を吸収してふくれ上がり、ひとり歩きを始めていた。90年2月頃からは、ルーマニアのブカレストにあふれかえる戦災孤児たちに対するメッセージ・ソングになった感があり、アメリカのラジオではルーマニアの戦況を伝えるたびごとにこの曲をオンエアし、「自由を獲得する戦い、あなたたちの勇気をたたえます」というメッセージを送り続けていたし、NBC、ABCのニュース映像でもしばしばこの曲が使われたほどだ。ビルボードのシングル・チャートでは4週連続のNo.1になったが、人々への浸透度で言えば全米No.1という以上のインパクトがあったと言えるだろう。

 

アルバムは?と言えば、アメリカで400万枚というビッグ・セールスをあげたほか、カナダ、イギリスではダブル・トリプル・プラチナム、さらにオーストラリア、オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スイス、ニュージーランド、香港、そして日本と、じつに21カ国でプラチナム以上のアワードを獲得したのだった。もちろん、アルバムからのシングル・カットが続き、ヒットが続出したことがアルバムの売り上げに大きく寄与したことは確かだが、この「アナザー・デイ・イン・パラダイス」の世界的インパクトがアルバム・ヒットの原動力になったのは間違いない。このヒットを受けて、1990年1月からフィルは“シリアス・ツアー”と銘打ったワールド・ツアーを開始。そのライブ・セットのなかでこの曲がハイライト・シーンになったのは言うまでもない。

 

ジェネシスとの活動を並行してきたフィル・コリンズにとって、『バット・シリアスリー』の成功(商業的成功と音楽的評価)がその後のソロ活動にひとつの道筋をつけたと言えるだろう。その意味では、この曲はフィリ自身にも強いインパクトを残したのだった。冬が来ると思い出される名曲である。