イーグルス解散後、ソロとして初のチャート・ヒットとなったスティーヴィー・ニックスとのデュエット曲「レザー&レース」から8年弱。1989年の夏、“ヴォイス・オブ・「ホテル・カリフォルニア」”として知られるドン・ヘンリーが3枚目のソロ・アルバムを発表した。
『エンド・オブ・ジ・イノセンス』というタイトルがつけられたこのアルバムは、彼にとって初のTOP10ヒット(ビルボード・アルバム・チャート)となり、タイトル曲は5曲目のTOP10シングルとなった。同時に、1985年の「ボーイズ・オブ・サマー」に続く2度目の最優秀ロック・ボーカル賞も獲得するなど、彼の代表曲のひとつにもなった。そして、この頃から彼は、あるプロジェクトにのめり込んでいくことになる。それが“ウォルデン・ウッズ・プロジェクト”である。
このプロジェクトは、いわゆる環境保全チャリティのようなものと理解すればいいだろう。アメリカの環境保護運動の草分けで、ナチュラリストの教祖的存在であるヘンリー・デヴィッド・ソローが、マサチューセッツ州のウォルデンの森を乱開発から守ろうという運動を起こしたのが始まりだが、ドンはソローの活動に大きな影響を受け、自ら主宰する“ウォルデン・ウッズ・プロジェクト”を発足。
森を買い上げて開発から守るという運動を展開している。96年現在で86エイカーの土地を所有するとともに、ソロー・インスティテュートという名前の環境教育機関を設立し、積極的に活動している。イーグルスの再結成で来日した折りにも、ウォルデン・ウッズ・プロジェクトの資金集めに熱心だったが、その胸の内をドンは次のように語った。
「ウォルデンの森を守るということは、人間の尊厳を守るということなんだ。人間はかつて母なる地球と仲良く暮らしていた。しかし近年、人間は傲慢になってしまった。ヘンリー・デヴィッド・ソローは、人間が人間らしく、温かい心を持っていた時代を取り戻すためには、人間が自らの手で地球を、つまり母親を傷つけるなどという馬鹿げたことがあってはならないと言っている。そのことを少しでも多くの人々に理解してもらいたいんだ。だから、ウォルデンの森だけ守ればいいというわけではないよ。ほかにもたくさんの人が有意義な活動をしている。僕のやっていることは、そのなかのほんの小さな手助けに過ぎないんだ」
そんな話を聞いた後、頭の中に浮かんできたのが、この「エンド・オブ・ジ・イノセンス」だった。♪大地に仰向けに寝転んで、僕のそばでくつろぐがいい/最後の守りを固めるんだ/だけどこれでもう終わり/無邪気なままでいられるのはもうこれっきりなんだ♪(中川五郎氏の対訳より)という意味深な歌詞と、ブルース・ホーンズビーの手になる哀愁のメロディーが、見たこともないウォルデンの森の上を流れる風を感じさせたのだった。
さて、ドン・ヘンリーの歴史をひも解いてみると、70年代のウエストコースト・ロッカーに多く見られるように、ドラッグとの戦いが見て取れる。これは、60年代後半に一世を風靡したヒッピー・カルチャーの名残であるというのが定説になっているようだが、そのヒッピー・カルチャーの中心的人物、つまり精神的支柱として存在した偉人こそが「ウォルデン」というタイトルの本を書いたヘンリー・デヴィッド・ソローその人であるというのも面白い。
そして、イーグルスの本拠地、西海岸方面には、もうひとりの偉人がいる。ジョン・ミューアだ。いまではシェラネバダ山脈を南北に走り、マウント・ホイットニーからヨセミテ公園を結ぶ、ジョン・ミューア・トレイルという自然歩道にその名を残している人物。このジョン・ミューアとヘンリー・デヴィッド・ソローが、アメリカのネイチャー思想の双璧をなす師であり、ヒッピー・カルチャーから生まれた“反戦”“自給自足”“自然暮らし”“自由人”といった精神の拠り所とされているのは興味深い。
今、ドン・ヘンリーはドラッグの罪を説きながら、自然を愛好する、環境教育家としての顔も持っているわけだが、彼が2000年に発表したアルバム『インサイド・ジョブ』では、そんな彼の人生が脈々と描かれている。なかでも、「グッバイ・トゥ・ザ・リヴァー」という曲は、ウォルデンの森とともに環境問題を取り上げてきた彼にとっての集大成と言っていい内容になっている。
収録曲 1. End of the Innocence 2. How Bad Do You Want It? 3. I Will Not Go Quietly 4. Last Worthless Evening 5. New York Minute 6. Shangri-La 7. Little in God 8. Gimme What You Got 9. If Dirt Were Dollars 10. Heart of the Matter |